中国(ちゅうごく、拼音: Zhōngguó)は元々「四夷(夷=未開人、蛮族)」の中心地域に中原漢民族が居住していたことからこの名称が用いられるようになった。日本で使用され始めたのは、中国政府(中華民国政府)の要求で外交文章として登場した1930年からである。但し、日本で一般的に使用されたのは戦後のことである。それ以前は支那(更に古くは唐土)とも呼称していた(最も儒学者の間では古くからこの呼称は知られており、徳川光圀や山鹿素行らは日本自身をアジアの中心の国である「中国」と呼称して幕末の尊王論の広まりとともに使われてきた例がある)。現在中国では地理的に、アジア大陸の東部に広がる地域、亜大陸とそれに付随する島嶼を指して使用している。また中国ではその地域に紀元前から継続する文明の総体を指して使用している。この地域は様々な民族が入り混じってきたが、実質的には、漢民族の居住してきた地域とほぼ一致し、漢民族の拡大とともに領域を拡大してきた。戦後、一時合作していた中国共産党と中国国民党が再び全面戦争を行った。この戦いに勝利し、大陸部を実質的に支配した中華人民共和国と、敗北し台湾島に後退して大陸支配の正当性を訴える中華民国という二つの国家に分かれた。この分断は現在に至り、両岸問題という形でいまだ政治的な問題として存続している。
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